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まさかの訃報に衝撃!西城秀樹の伝説を調べてみた

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まさかの訃報が入ってきました。

あのYMCAで有名な西城秀樹さんが急性心不全で亡くなられたとのこと。

 

ええーー、小さいころよくモノマネしてたよ~!

63歳という若さだそうで、まだまだこれからという時に…ビックリしました。

 

そこで、西條秀樹さんってどんな人だったのか、ゆきだるま的にまとめてみました。

 

生まれ~デビューまで

西城秀樹さんは、本名は木本龍雄(きもとたつお)というそうです。広島県出身で、幼少期から洋楽にはまり、かなり目立った子だったとか。

お兄さんと小5でエレキバンドを結成するなど、音楽への情熱がとても高かったようです。

高校時代、ジャズ喫茶で演奏しているところをスカウトされますが、両親が芸能活動に反対。

家出同然で上京してきました。

 

デビュー~YMCAまで

1972年に「恋する季節」でデビュー。

73年に「情熱の嵐」がオリコン週間チャートで初のベストテン入り。

一躍トップアイドルの仲間入りをし、野口五郎、郷ひろみと共に「新御三家」と呼ばれるようになりました。

今までの歌唱シーンにない斬新な歌い方を導入し、出す新曲が次々とヒット。

そして、1979年には代表曲とも言われる名曲「ヤングマン(Y.M.C.A)」を発表。

観客と一緒にYMCAポーズで盛り上げる独特の演出で、名声を不動のものにしました。

 

私生活の情報

 日本歌唱シーンに燦然と輝く西城秀樹さん。

私生活では2001年に一般女性と結婚。お子さんは娘1人、息子2人に恵まれました。

2003年に公演先の韓国で脳梗塞を発症。軽度の言語障害がのこりましたがリハビリでそれを乗り越え見事復活します。

しかし2011年には脳梗塞が再発。これもリハビリを頑張り徐々に乗り越えている途中でした。

2016年には家族で念願のハワイ旅行に行った様子が「とくダネ!」で放送されましたね。

ホームビデオの映像からは、ホテルのプールサイドで過ごす西條秀樹さんの姿もありました。

子どもたちから「ありがとう」と言葉をかけられ、嬉しそうな表情を浮かべるシーンも。

大病を患い、それでも家族を愛し、懸命に生きる姿に励まされた人も多かったのではないでしょうか…?

 

西城秀樹伝説

「金曜日のスマイルたちへ」にご出演されていた芳村真理さんによると、「ヒデキ」は日本の芸能界に様々な新風を巻き起こした人だったそうです。

 

歌+アクション伝説

西城秀樹さんの代名詞的な演出方法が「アクション」であることはご存じの方も多いのではないでしょうか?

西城秀樹さんの前までは、歌はマイクの前に立ってじっくり聞かすものでした。

激しく踊りながら歌ったら、せっかくの良い歌が歌えるわけがない!という見方が一般的だったんですね。

だから、歌は歌、ダンスはダンスと分かれていました。

それを合体させたのが西城秀樹さん。

振り付けをする歌手なんていない中、この斬新な手法は注目を集めました。

普通の歌手がやっていたら認められなかったのでしょうが、そこを突破できたのは、やはり西條秀樹さんだから、と言うしかないですよね。

この振り付け歌唱は、その後ピンクレディーなどに受け継がれ、今のアイドルシーンのメーンストリームとなってます。

「音楽は聞くもの」から、音楽は「見て楽しむもの」に変わっていったきっかけだったのだと思います。

 

マイクパフォーマンス伝説

マイクの柄をつかみ、ぐるっと1回転させるマイクパフォーマンス。

今ではほぼ全てのロック歌手がやってる行為なのではないでしょうか?(笑)

これを初めて行ったのが西城秀樹さんだそうです。

芳村さんによると、このマイクスタンドは特注で、アルミで軽量化したもの。最初から振り回す気マンマンです(笑)。

子どもの頃、クラスメートの男の子とかが掃除の時間にやってましたよね~。ホウキで(笑)

みんながマネしたくなる演出を生み出したことが、凄いことだと思いませんか?

 

観客と一緒にダンス伝説

西城秀樹さん最大のヒット曲「ヤングマン」。大人も子供もすぐマネできる簡単な振り付けが大ブームを巻き起こしましたよね。

この「歌を聴くだけ」ではなく「観客も巻き込む」手法を取り入れたのが西城秀樹さん。

芳村さんによると

「わかりやすかったということもあるし、あの動きがもの凄く皆の脳裏に刻まれているはず」

「まさにお茶の間とテレビが一体化できたことの功績というのは、ヒデキがもの凄く大きかった」

とおっしゃっています。

ちなみにこの振り付けを考えたのは西城秀樹さんご本人だそうです。

やっぱりすごいですよね!!

 

Xジャパンのエックス飛びとか、観客と一緒に決まりの振り付けを行うアーティストは多いですが、全ては西城秀樹さんから始まっていたのですね。

凄い方だと、改めて思いました。

 

西城秀樹は永遠に

2018年5月17日。西城秀樹さんの訃報が流れると、日本中がビックリしました。

みんなやっぱり偉大な人だと認識していたのですね。

あの元気な歌声が生ではもう聞けないのは寂しい限りですが、記憶にはしっかり刻まれています。

安らかに眠ってください…

青春を、ありがとうございました

 







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