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高校野球開幕!あの松井秀喜さんが始球式で登場!外角低めに拍手

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日本が世界に誇るアスリートの一人、松井秀喜さん。

引退後、なかなかメディアの前に出ることがないですが、今回なんと高校野球の始球式に登場しました。

今日の話題はこの松井秀喜さんでもちきりです。

 

外角低めの速球に拍手が!

母校・星稜高校が守備についた中、松井秀喜さんが登場。

後輩たちが後ろを守る中、始球式で豪快なストレートを披露しました。

その外角低めの速球に、スタンドからは大きな拍手が。

守備についていた星稜高校の生徒たちも、どこか誇らしげに見えました!!

 

そんな松井さんの記事が@niftyニュースにのっていたので、ご紹介しますね!

 

第100回全国高校野球選手権記念大会の開幕戦、藤蔭(大分)-星稜(石川)で、星稜OBの松井秀喜氏(元巨人、ヤンキースなど)が「レジェンド始球式」のトップを切って”ファーストピッチ・セレモニー”を行った。

星稜は後攻となったため、マウンドに立った松井氏のバックに、後輩たちが守る形での始球式。

松井氏は、星稜の2年生だった1991年の第73回大会、竜ケ崎一戦で本塁打を放っている。最後の夏だった翌年の第74回大会では、初戦の明徳義塾戦で史上に残る「5打席連続敬遠」により一度もバットを振れず、チームも敗れて甲子園を後にした。

いい思い出、苦い思い出、どちらも残っている甲子園で、松井氏は藤蔭の1番・橋本和真(3年)を相手に、ノーワインドアップから外角低めに速球を投げ込んだ。ショートバウンドになったが、捕手の山瀬慎之助(2年)がうまく止めて、甲子園は大きな拍手に包まれた。

出典:@niftyニュース

 

松井秀喜の甲子園伝説を調べてみた

松井秀喜さんは、高校球児の時から「ゴジラ」と呼ばれた伝説のスラッガー。

甲子園でも様々な伝説が残されています。

松井秀喜選手は星稜高校時代の3年間に、通算60本塁打を放った。これは清原和博(PL学園)の64本塁打に次ぐ記録(当時)。なお、60本目は1992年10月8日、山形国体の高校硬式野球決勝尽誠学園(香川)の絹川投手から放った。

 

高校時代によくつけられる通り名は『北陸の怪童』『星稜恐怖の1年生4番』。持ち味であるホームランも推定飛距離で140mを超える打球も放つ怪物だった。

 

夏休みで体力測定を行った際に背筋力250kgのバーベル上げ150kgを記録し高校野球関係者を驚かせた。理由はあの怪物、清原和博以来の数値を出したからである。

 

高校3年時には春の選抜高校野球に出場。すると当時、阪神甲子園球場にはラッキーゾーンというホームランが出やすくなるゾーンが設置されていたがこれが撤去される。

しかし、「僕には関係ありません」と言い放ち、開幕試合の初戦、宮古高校戦で2打席連続本塁打、1試合7打点、2試合連続本塁打という大会記録をマークし化物振りを発揮した。

 

高校3年生の夏、明徳義塾戦で何と5打席連続敬遠という伝説が生まれる。明徳義塾の勝つためには手段を選ばないという姿勢に高野連が記者会見を開くなど社会問題にまで発展。

最後の5打席目も敬遠が完了した瞬間、解説の人が「私は残念ですよ」と話した直後、レフトスタンド側から大量に応援メガホンが投げられるなど高校野球ではなかなか見られない光景が。明徳勝利後の校歌演奏の際には大ブーイングが起こるなど球史に残る騒動となった。

 

 







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